Chapter 7
観測者、迎撃を覚える
構造が見えるだけでは足りない。どこで止め、どこまで受け取り、どう返すかを覚えたとき、観測は迎撃へ変わる。
距離を取れるようになると、人は少しだけ静かになる。
前ならそこで焦っていた、という場面で、焦らなくなる。
前なら余計に説明していたところで、説明しなくなる。
前なら相手の温度に引っ張られていたところで、そのまま引っ張られずにいられる。
それを最初、私は冷たさだと思っていた。
こんなふうに反応しなくなった自分は、どこかおかしいのではないか。前より思いやりがなくなったのではないか。ずいぶん見放した感じになってしまったのではないか。
けれど、あとから見ると違った。
あれは冷たくなったのではなく、巻き込まれなくなったのだ。
ずっと前の私は、相手がこちらに向けてきたものを真正面から受け取っていた。
苦労話が来れば、その重さを測った。
曖昧な問いが来れば、その前提を補って答えようとした。
急な呼びかけが来れば、まず自分が遅れたのだと思った。
そうやって一つずつ丁寧に受け取ることが、誠実さだと思っていた。
もちろん、それは完全な間違いではない。
ただ、相手によってはその誠実さが入口になる。
こちらが真面目であればあるほど、向こうは何も言わずに少しずつ責任を滑らせてくる。
だから、観測には次の段階が必要だった。
見抜くだけでは足りない。
見抜いたうえで、どこまで受け取り、どこで止めるかを決めなければならない。
たとえば、急に何かを振られたとき。
以前なら、見ていなかった自分が悪い気がしていた。
すぐに埋め合わせなければと思っていた。
いまは少し違う。
見ていませんでした、と言える。
どういう状況でしたか、と聞き返せる。
そこでいったん相手に、状況を言葉にして返してもらう。
それだけのことなのに、妙に空気が変わる。
なぜなら、それまではこちらが先回りして埋めていたからだ。
相手の曖昧さも、急さも、こちらが自動的に引き受けていた。
その自動運転が止まると、場は初めて本来の重さを持つ。
それはときに、静かな迎撃に近い。
大げさな反論ではない。
皮肉でもない。
ただ、相手の投げたものを、そのまま自分の内部まで通さないだけだ。
そうなんですね、と言って終える。
軽く受け取って、それ以上は入らない。
必要なら、あとで文章でお願いしますと言う。
こういう作法を覚えるまでは、会話というものは誠実さだけでどうにかなると思っていた。
でも実際には、境界線にも作法がいる。
こちらがどこまで引き受けるか。
どこから先は返すか。
返すとき、どんな形なら無駄に傷つけず、それでも巻き込まれずに済むか。
そのあたりには、意外と技術がある。
しかも面白いことに、技術だと分かった瞬間から少し扱いやすくなる。
感情や人間性の問題だと思っていると、自分の善し悪しにすぐ結びついてしまう。けれど、技術だと思えば練習できる。改善もできるし、道具だって導入できる。
実際、私は少しずつそうしていた。
会話をすぐ返しすぎない。
一度区切る。
必要なら文字に戻す。
こちらの声が勝手に漏れないよう、物理的な安全装置まで用意する。
書いてしまうと少し可笑しい。
でも、そういう可笑しさを含めて、私はやっと自分を守る方法を学び始めていたのだと思う。
昔は、相手の圧に凍ることがあった。
いまは、凍る前に「あ、これだ」と気づける。
その差は小さく見えて、実際にはかなり大きい。
凍ってから解くのは大変だ。
けれど、凍る前に一歩下がれれば、こちらの輪郭はかなり残る。
そうして少しずつ、私は会話の中で自分を失わない方法を覚えていった。
それは勝つこととは違う。
相手を負かすことでもない。
ただ、自分が毎回少しずつ削られていた場で、
今度は削られきらずに戻ってこられるようになること。
その変化のほうが、たぶんずっと大事だった。
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