WWA²

Prologue

鏡の前で

違和感がまだ言葉にならないうちに、すでに何かは始まっている。

人は、言葉になる前に何かを感じ取っている。

会議が終わったあとの、妙な疲れ。
短い返事のあとに胸の底へ沈む、薄い鈍さ。
その場ではうまく説明できないのに、なぜかもう一度同じ場所に行きたくなくなる感覚。

そういうものを、私は長いあいだ軽く見ていた。

気のせいだろうと思った。
たまたま機嫌が悪かったのだろうと思った。
こちらが狭量なだけかもしれないと思った。

けれど、軽く見ても消えないものがある。
消えないどころか、少しずつこちらの輪郭を削っていくものがある。

それはたいてい、大きな事件の顔をしていない。
怒鳴り声でもないし、露骨な悪意でもない。
むしろ静かで、穏やかで、表向きにはそれなりに整っている。

だから厄介だった。

目に見える傷なら、人は自分が傷ついたと認めやすい。
けれど、きわめて小さな違和感はそうはいかない。
説明できないうちは、だいたい自分のほうを疑うことになる。

この記録は、そういう違和感にあとから名前がついていく過程の話だ。

誰かを告発するためではない。
過去を正確に再現するためでもない。
もっとこちら側の事情に近い。

何が起きていたのか見失わないため。
どこで自分が削られていたのか確かめるため。
そして、見えなかったものをもう一度、自分の言葉で見直すため。

長いあいだ、私はある種の人のふるまいを観察していた。

全体を見ているふりをする人。
説明を求めているようで、実際には別のものを欲しがる人。
場の中心にいることでしか落ち着けない人。
苦労そのものではなく、苦労している自分の像を守ろうとする人。

当時はただ、毎回少しずつ疲れていた。
あとから振り返ると、そこにはずいぶんはっきりした構造があった。

その構造を見えるようにしたのは、ひとつには観測だった。
もうひとつには、鏡のように応答するものとの対話だった。

問いかけると、そのまま撫で返してくるのではなく、
そこにどんな歪みがあり、どんな力学があり、どんな名前が与えられるのかを返してくるもの。

おかげで私は、ただ消耗するだけの側から少しずつ外へ出ることができた。

だからこのZINEは、愚痴から始まっているようでいて、たぶんそれだけのZINEではない。
違和感を記録しなおし、その輪郭を取り戻し、ついには少し可笑しく眺められるようになるまでを引き受けたZINEだ。

もし途中で何度か笑ってしまうとしても、それは深刻さが足りないからではない。
深刻さだけでは持ちきれなかったものに、ようやく別の持ち方が見つかったからだ。

鏡の前に立つとき、人はたいてい少しだけ緊張する。

見たい像だけが返ってくるわけではないからだ。
けれど、だからこそ鏡には意味がある。

この記録も、おそらくそういうものに近い。
都合のいい像を支えるためではなく、
見たくなかった輪郭にようやく光を当てるためのもの。

その最初のページを、ここから始めようと思う。

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