高校時代の記憶 2
従順さが良しとされる場で、ひとりだけ別の明るさで残った先生のこと
高校では、静かに失望することが多かった。
大げさに傷ついたわけではない。露骨に否定されたわけでもない。
ただ、教室の空気にふれるたび、ここでは人が何を考えるかより、
どれだけ素直に従えるかのほうが大事にされているのだと、少しずつ分かってしまった。
ある先生が、こんなことを言った。
「いい大学に行ける生徒は、先生が右を向けと言ったら、ずっと右を向いていられる生徒です」
教室はそれを、ひとつの処世訓みたいに受け取っていた気がする。
けれど私は、心の中でただ、はぁ、と思った。
そんなもののどこがいいのだろう、と。
そのとき胸の底から出てきた感情は、反抗心というより、もっと単純な拒否だった。
そんなのはいやだ、と思った。
奴隷じゃんよ、それ、と。
もちろん、実際にそう口に出したわけではない。
高校生活はそういう気分を表に出さずにやり過ごす術ばかりが身についていく場所でもあった。
だから私は黙っていた。黙ったまま、ああいう価値観が「まともなもの」として流通していることに、
ひとりで少しずつ失望していた。
たぶん、絶望というほど激しいものではなかった。
もっと乾いた、静かな失望だったと思う。
毎日何かに打ちのめされるのではなく、何かが少しずつ信じられなくなっていく。
そんな感じだった。
そういう感覚は、教室の中だけで育ったわけでもない。
学校にはとにかく声と態度の大きさで場を押し切る大人がいて、
何かを教えるより先に、従わせることそのものに慣れている人がいた。
考えが足りないまま誰かを追い立てるような言葉や、これが我が校の伝統と称して珍妙なポリシーを強制されるたび、
ここでは人を見るより、動かしやすさのほうが優先されるのだと思わされた。
ただ、その中で物理の先生だけは別だった。
あの先生の話には、世界を自分の目で見ようとする感じがあった。
公式を教えるためだけではなく、なぜそう見えるのか、どこが面白いのかを、
ちゃんと自分の言葉で話していた。
少なくとも私にはそう見えた。
だから、高校の記憶を振り返ると、
全体としては静かな失望に包まれているのに、
その人のことだけは少しちがう明るさで残っている。
従うことをよしとする言葉に囲まれながら、
それでも完全には染まらなかったのは、ああいう「別の見方」をする人が、
一人だけでもいたからかもしれない。
あるいはもっと前から、自分の中にどうしても譲れない感覚があったのかもしれない。
よく分からない。
ただ、あのとき確かに思ったのだ。
言われた方向を向きつづけることが優秀さなのだとしたら、
そんな優秀さはいらない、と。